大島紬は明治時代初期から商業的な生産が始まり、大正時代には急速に生産数を増やしました。特に昭和初期には生産数がピークに達し、最大で35万反もの大島紬が生産された記録が残っています。当時、大島紬の職人を目指すことは珍しいことではありませんでしたが、1945年の第二次世界大戦勃発により大島紬の生産は停止し、戦後の1954年まで生産が行われませんでした。 戦後、日本は復興を優先する状況にありましたが、恵積五郎さんは「恵大島紬織物」を創業し、大島紬の伝統を守ることに力を注ぎました。多くの紬製造点が閉鎖される中で、恵積五郎は大島紬の重要性を認識し、その地位を確立していきました。息子である恵美知雄氏も後を継ぎ、恵積五郎さんの技術と想いを受け継いでいます。 しかし、1988年に恵積五郎さんが亡くなり、後継者不足の問題が深刻化しました。現在、恵大島紬織物は閉業しており、営業再開の見通しは立っていません。したがって、恵積五郎と恵美知雄の作品は、現存するものだけが後世に残されています。
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